この照らす日月の下は……

BACK | NEXT | TOP

  72  



「明日、あちらから迎えが来るそうですわ」
 話し合いが終わったのだろう。ラクスが戻ってくると同時にそう告げた。
「そう、なんだ」
 わかっていても寂しいものは寂しい。そう思いつつもキラはほほえんでみせる。
「大丈夫です。その後でまた、オーブに向かう予定ですから」
「ラクス?」
「式典がありますでしょう? それに参加することになっておりますの」
 キャンセルされたとは聞いていないから、おそらくシーゲルに顔を見せたならば一緒にオーブに行くことになるはずだ。彼女はそう続ける。
「そのときに皆さんに『会いたい』と言えばきっと合わせていただけますわ」
 そのくらいのわがままは言える立場だと思うのだが、と彼女は首をかしげて見せた。
「こいつらが本土にいれば可能だな」
 彼女に言葉を返したのはカナードだった。
「キラはともかく他の子供達は親の都合もある。必ずしも呼び出せるわけじゃない」
 呼び出せる環境ならば無条件で会わせることに問題はないが、とそう続ける。
「無難なのはメールだな。そちらでフィルタリングされない限りはサハクの権限で大丈夫なようにしておく」
「なら、大丈夫ですわ。後でアドレスを教えてくださいな」
 こちらから言わなくてもラクスはそう言って笑みを深めた。それにフレイとミリアリアがうれしそうにほほえんでいる。
「実際に会えなくなるのは寂しいけど、メールができるなら我慢できるわ」
「そうね」
 でも、実際に顔を合わせておしゃべりができるのが一番。そういう二人にキラも同意だ。
「本当。さっさと戦争が終わればいいのに」
 フレイがため息とともにつぶやく。その言葉はこの世界にいるもの達全員が同意するだろう。ただ、そのとき誰が勝者の立場に立つのか。それはそれぞれの陣営によって異なるが。
「そうだね。そうすればもっと自由に行き来できるよね」
「残念だけど、俺たちはプラントにはいけないけどな」
 それでももっと頻繁に顔を合わせることが可能だろう。
「いずれは、プラントにもナチュラルの方が足を運べる日が来るかもしれませんわ」
 そのときは我が家にお泊まりください。そう告げるラクスにみんなが大きくうなずいて見せた。

 余談ではあるが、数年後、それは現実になる。そのとき、トールとミリアリアが『貴族のお屋敷ってこんな感じ?』と口走っていた。
 今はまだ見えない未来の話である。

 翌日、ラクスとカガリのみがザフト側と顔を合わせるためにデッキに行った。ラクスはそのままあちらの船に移動する手はずになっている。つまり、ここまではザフトの人間が来るはずがなかったのだ。
「それなのに、どうしてここにザフトがいるの?」
 人の平和を壊してくれた人間が、と言い切ったのはもちろんフレイである。その周囲に他の三人もいた。それはザフト側の人間にキラの姿を極力見せないためである。
 だが、相手の方が一枚上手だったと言うべきか。
「キラ! キラだろう?」
 彼らの間からしっかりと彼女の姿を見かけたらしい。そう言いながらこちらに駆け寄ろうとする。
「ったく……」
 真っ先に反応をしたのはフレイだ。首から防犯ベルを取り出しながら軽く足を出す。
「うわっ!」
 開放的な場所ならば『うるさい』レベルですむそれも、この室内では耳が痛いほどの音量だ。だが、それが今は必要なのだ。
 そのうえ、相手はフレイの動きを予想していなかったのだろう。彼女の足に引っかかってあいては思い切りバランスを崩した。そこをすかさずミリアリアの肘がおそう。
「何事ですか?」
 アスランが倒れ込むと同時にソウキスが駆け込んできた。
「こいつが勝手に入り込んできたの。そのうえ、この子に襲いかかりそうになったんだけど……」
 彼の背中を踏みしめながらフレイが問いかけた。
「こちらはザフトの方ですね。ここには立ち入らないようにと指示が出ていたはずなのですが」
 とりあえず条約違反なので確保します。その言葉とともにあと二名のソウキスが姿を見せた。
 その事実にキラは首をかしげる。
 この艦──と言うよりもサハクの双子の元にいるソウキス達が全員ここにいる。それでは双子の護衛は誰が、と思ったのだ。
 だが、この場にカナードがいないと言うことはそういうことなのだろうとすぐに思い直す。
「ミナ様に連絡を。自分はこの男を連れて行く」
「わかった。お前はここに残ってこの方々の護衛を」
「了解した」
 事前に打ち合わせがしてあったのか。そう言いたくなるくらい彼らは流れるように役割を決めていく。
「では、後は任せた」
 その言葉とともに二人が出て行く。その腕に引きずられるようにしてアスランもだ。その事実を確認して、キラはほっと安堵のため息をついた。
「あの男、どうしてここまで来たのかしら」
 フレイがそうつぶやく。
「ここは入れないはずだったのよね?」
「はい。それに関してはおそらくお二方が確認されるかと。結果はお伝えした方がよろしいでしょうか」
「お願いします」
 でないと安心できない。そういうフレイに他の三人もうなずく。
「……アスランは、昔からそうだよ」
 今思い出したけど、とつぶやくキラの声は彼らの耳に届いただろうか。
 ともかく、できればもう会いたくない。心の底からそう思うキラだった。

 ソウキスに引きずられてきたアスランに、ラクスは深いため息をつく。
「あきれましたわ、アスラン・ザラ」
 そのまま彼をまっすぐに見つめる。
「いったい何をしにおいでになったの?」
 この問いかけに彼は言葉を返してこない。それはきっと、どうやってここから逃げ出すかを考えているからだろう。もちろん、それを許すつもりは全くない。
「婚約者のわたくしの前で、他の女性に言い寄るなんて……最低ですわね」
「全くだ」
 それにギナがうなずいてみせる。
「貴殿らはこちらの誠意を台無しにしてくれたな」
 さらに彼は言葉を重ねた。
「やはりラクス嬢には別の方法でお帰りいただくべきだったか」
 本来であればヘリオポリスを壊滅に追い込んだ人間の顔など見たくないのに、とそう告げる声音に温度は感じられない。
「それに関しては心よりの謝罪を」
 ラウが即座に言葉を返す。
「こちらに来る前にきっちりと命じていたのですが……どうやら、彼の耳には届いていなかったようだ」
 今すぐ艦に戻す。そうラウは続ける。
「隊長!」
 ここで初めてアスランは焦ったような表情を作った。
「我々が彼らから平穏を奪ったのは事実だ。思い出の品も残されておるまい。だからこそ、姿を見せぬことでこれ以上傷つけないように配慮したつもりだったのだが」
 それを台無しにされるとは思わなかったな。彼はそう続ける。仮面で表情はわからないがかなり苦々しく感じているのは間違いないはずだ。
「ギナ様、婚約者の無礼はわたくしが謝罪しますわ」
「気にされるな。あなたはあれの親友だ。そのような表情をさせたとなれば、我があれの嫌われる」
 さすがにそれだけは避けたい。ギナは真顔でそう言う。
「彼女が大切なのですね?」
「大切な婚約者だからの」
 幼い頃から大切に見守ってきたのだ。ギナがそう告げた瞬間のアスランの表情は是非とも映像に残しておきたかったと思うラクスだった。


BACK | NEXT | TOP


最遊釈厄伝